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Mue&Saiのシネマ恋恋

 

2017年12月号

〜日の名残り〜

    10月上旬、長崎県生まれの英国人作家、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞のニュースが飛び込んできた。自身は同氏が89年の英ブッカー賞に輝いた同名小説を映画化した「日の名残り」を24年前の公開時に松江市内の映画館で鑑賞しており、受賞のニュースに勝手な親近感を覚えた。

    映画「日の名残り」(1993年)。監督は英国映画の秀作「眺めのいい部屋」のジェームズ・アイヴォリー。主演はアンソニー・ホプキンス。エマ・トンプソン、ジェームズ・フォックス、ヒュー・グラントなどの実力派が脇を固めている。

    舞台は英オックスフォードの名門貴族の館。何よりも品格と伝統を誇る館の執事長の半生を古き良き時代を追想する形で描いている。

    時代は1936年、ヨーロッパが戦争に巻き込まれる頃。主人公のスティーブンス(アンソニー・ホプキンス)は戦争も主人が親ナチであることにも関心がなかった。若いメイドのミス・ケントンへの恋心も抑え、ひたすら職務に励む毎日だった。

    時は移り1957年。永年仕えた館主も亡くなり米国人に変わった。そんな時、結婚もし孫も生まれるというミス・ケントンを再びメイドに招くためにスティーブンスは慣れぬ車を走らせる。決断の旅でこれまでの来しかたを想う時、彼の胸に去来するものは…。

    ラストシーンの切なさに「これは観る文学」が鑑賞後の感想だった。作品に漂うどこか日本的な感覚、物語の軸になる“運命の皮肉”は成瀬巳喜男監督の「乱れ雲」を思い起こさせるものがあった。    

    その謎が同氏の受賞記者会見(共同通信)から解けた。「最初に小説を書き始めた際の動機は、私の日本の記憶を保存することにありました」。「目を閉じて思い出す日本は、小津安二郎の『東京物語』の一場面のような風景。英国のテレビで放映されたのを11歳の時に母と一緒に観ました。障子や畳の部屋など、自分が幼少時代を過ごした記憶がよみがえってきて、感動的な経験をしました」。

    「自伝小説より自分が覚えている時代、薄らいでいく記憶を保存したい」。「小津や成瀬(作品)を見ながら心の中にある作品を見る。私の作品は人間がいつ過去を記憶したらいいのか、いつ過去を忘れたらいいかという問いに葛藤する物語です」。日本の記憶から英国の記憶へ。同氏の作品のルーツが日本映画にもあったとは…。 「現実を創っているのは過去の現実」「人生は考えているより短い」の言葉に24年前の「日の名残り」が重なった。「夕方こそ一日で一番いい時間だ」。

(むー。)