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Mue&Saiのシネマ恋恋

 

2017年4月号

アカデミー賞と不幸な天才

    「史上最も政治的な緊張をはらんだ式」(ロサンゼルス共同)と報道された第89回アカデミー賞授賞式。アカデミー賞授賞式といえば華やかなショーをはじめスターの素顔が垣間見えるなどアメリカ映画界最大のお祭りというイメージがあるが今回は違っていたようだ。

    注目されたのがアカデミー協会の「芸術には国境がない」という反トランプ思想。作品賞のプレゼンターで登場した俳優のウォーレン・ベィティ氏は「政治も芸術も目指すのは真実を明らかにすること。多様性と自由が大事」と新政権に噛みついた。このスピーチはアメリカ映画人としての良心の叫びであり、言い換えれば映画や演劇が日常文化としていかに浸透しているかの証だとも考えられる。

    作品賞は黒人少年が主人公のバリー・ジェンキンス監督「ムーンライト」。アスガル・ファルハディ監督のイラン映画「セールスマン」が外国映画賞を受賞したがこの背景にはアカデミー協会の強固な反トランプ思想があったとするとまた複雑な思いになる。ここで立ち止まりこの国の場合はどうか…。こちらは想像するだけでお寒くなってくる。

    前出のベィティ氏の代表作は「俺たちに明日はない」(アーサー・ペン監督)。今回プレゼンターに選ばれたのはそのタイトルをもじって「ハリウッドに明日はない」と新政権を皮肉ったのではとかんぐってみたものの原題は「ボニー&クライド」だった(残念)。

    授賞式ではプレゼンターが作品賞のタイトルを読み違えるという前代未聞のハプニングがあった。当の作品は13部門で史上最多タイの14ノミネートされたミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」。結果は監督、主演女優、撮影、作曲賞など計6部門を制したが中でも注目されたのが史上最年少の32歳で監督賞を受賞したデイミアン・チャゼル氏だった。

    その「ラ・ラ―」とは―。自身は久しぶりに夢の映画に心を躍らせた。32歳の監督は映画が死ぬほど好きなのだろう。開巻のシネマスコープのロゴタイプ、「オズの魔法使い」のテクニカラーを思わせる色彩!そこには「ウエストサイド物語」「雨に唄えば」「巴里のアメリカ人」がある。「理由なき反抗」のジェームズ・ディーンの匂いがする。フランス産のミュージカル「シェルブールの雨傘」まで準備された名作のエッセンスで画面がいっぱいになる…。

    チャゼル監督が「ラ・ラ―」で描きたかったのは「スクリーンの夢」だったのだろう。団塊の世代ならきっと涙する「ラ・ラ―」。アカデミー賞には幸、不幸がついて回るとされるが、若き天才監督にとって今年は不幸な年回りだったに違いない。映画ファンとして「ラ・ラ―」が作品賞を獲る時代をもう一度と願う。

(むー。)