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Mue&Saiのシネマ恋恋

 

2017年3月号

グザヴィエ・ドランの世界

    めずらしく公開初日、初回上映に足を運んだのは、グザヴィエ・ドラン監督作品『たかが世界の終わり』。小さな劇場とはいえ、当日券で入手可能だった席は1、2列目のみという盛況ぶりで、平日の映画館に行くことが多い私にとっては客層も若者が多く新鮮。単館系の劇場が賑わっている光景は、とてもいいものでした。

    名画劇場でも上映された『Mommy /マミー』で、2014年カンヌ映画祭審査員賞を受賞したドラン監督は、今作で第69回同映画祭グランプリに輝いた27歳。2009年の監督デビュー作『マイ・マザー』から、すでに6本の作品をつくり上げているというのですから“天才”と呼ばずにはいられません。

    12年ぶりに実家へと帰る人気劇作家のルイ。母は息子の好物を作り、幼い頃にしか会えていない妹はお洒落をして待っている。そんな二人とは違い、無愛想で素っ気ない態度の兄。兄の妻とルイは今日が初対面となる。久しぶりに食事を共にするものの、ぎこちなく居心地の良くない空気が続く。やがてデザートを囲む時、兄は更なる激しい言葉を吐き続け、母や妹までもが感情をさらけ出し始める。ルイの帰郷は「もうすぐ死ぬ」と家族に伝えるためだったのに…。

    この家族のこれまでに何があったのか、何故ここまで兄は弟を罵倒する状況にあるのかなどの明確な説明は、作品の中にもありません。会話から察する部分は多少ありますが、正直本当のところは分からないままです。ただ確実なのは、“家族”だからということだと思います。ただただ互いを、愛し愛され続けられたら。でも時には家族の成長が、いびつにその形を変えてしまうこともありますよね。

    とにかく怒鳴り続ける兄(ヴァンサン・カッセル)と、その妻カトリーヌ(マリオン・コティヤール)の動と静の対比も興味深いものでした。この家族の中で唯一、ルイ(ギャスパー・ウリエル)の事情を察していると感じさせてくれるのが彼女なのです。静かで心やさしいその存在に、観客誰もの心が少し休まったはず。何しろこの激し過ぎる会話劇は、観る側の疲労困憊必至ですから。無口なルイとカトリーヌ。二人はどこか“家族の中の他人”的な距離感を共有しているようでもありました。

    鑑賞して2日。私の心のヒリヒリは未だに止まりません。けれどそれが、グザヴィエ・ドランの世界なのだと思います。痛くて、悲しくて愛おしい、人間の生々しさをスタイリッシュに描きだす手腕は末恐ろしいです。

    劇中音楽へのこだわりにも定評のあるドランですが、今日は偶然にもグラミー賞授賞式。見事5冠に輝いたアデルの楽曲「Hello」のMVもなんとドラン作品。今後さらに世界から、彼が注目を集め続ける予感も止まらないのでした。

(Sai)