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Mue&Saiのシネマ恋恋

 

2016年7月号

甘酸っぱい楽しさ/海よりもまだ深く〜

    是枝裕和監督の「海よりもまだ深く」を楽しく観た。新作は「歩いても 歩いても」(08)を連想させる家族の物語。舞台は是枝監督が20代後半まで実際に暮らした東京郊外に実在する団地。ロケもそこで行われ、物語には是枝監督の体験が織り込まれているという。

    主人公の良多(阿部寛)は15年前一度だけ文学賞をとったものの今は売れない作家。小説を書くためと理由づけをし、怪しげな興信所に勤めているが元妻には愛想をつかされ、小学生の息子の養育費も満足に払えない。日々が瀬戸際の良多の頼みの綱は団地でひとり暮らしをしている母親の淑子(樹木希林)だ。ある日、ひょんなことから母親の家へ集まることになった良多と元家族だったが突然の台風到来により一夜を明かすことになる。家の外も中も嵐状態の元家族たちは…。

    「楽しく観た」というのは「映画は観なければ解らない」ということ。ストーリーは単純に思えるものの中身の味付けは甘酸っぱい。母親の住む団地は昭和の高度成長期の残影、かつての夢の面影はない。住人のほとんどは団塊世代である。平成のホームドラマなのに昭和という時代を裏付けした是枝監督の視点は深い。

    ハイライトは台風の夜の家族の動向だ。嵐の恐怖がバラバラになった家族の心を一瞬ひとつにするシーンに人間を見る。

    登場人物たちが交すセリフにもニヤリ。淑子の「幸せってのはね、何かを諦めないと手に出来ないもんなのよ」「女もなまじ学があると、ひとりで生きていけちゃう」。良多の元妻の「愛だけじゃ生きていけないのよ、大人は」。なるほど、自分も夢見た未来と違う今を生きているのかも。

   是枝作品には食事のシーンが多く登場する。今回も同様だ。淑子が冷凍したカレーで作るカレーうどん。固まったカレーをもう一度温める光景には壊れた家族の再生を願う母親の願いが込められているように思える。冷凍カルピスを愛おしそうに作る姿には自身の亡き祖母の姿が浮かんだ。是枝組常連の樹木希林がここでも素晴らしい。彼女の一挙一動がかつて存在した日本の母親像に重なっていく。

   一年前の同コラムに是枝監督の「海街diary」を「今年のベスト・ワン候補」と記したがまんざら間違いではなかった。新作はこの「海街diary」と並行して撮られたというから驚きだ。作家が元気な時は作品も元気。日本映画の王道を行く是枝監督に拍手を送りながら「早くも今年のベスト・ワン?」

(むー。)